2021.12.31 03:05『薔薇の下で』著者:鋤名彦名 埋もれた記憶の中から蘇ってきたその若々しい肉体を、わたしは今から愛でようと思う。その若々しい肉体とわたしの交わりをこの場で公にするが、これが記憶の中にあった断片を繋ぎ合わせたものであるか、それともわたしの筆による空想の産物なのか、それはあなた方の思うままに任せよう。わたしはただ、その肉体との交わりが、わたしの愛であるのか、それとも否であるか、問いたいのである。 記憶の底から蘇ったその若々しい肉体の名はミズキと言い、わたしから四つ離れた血の繋がった弟である。なぜ今わたしの記憶の中からミズキの肉体が蘇り、瞼の裏のスクリーンに映し出されているのか、それは自分でも分からない。スクリーンには十二、三の年頃にミズキの裸体が映っている。ここから少し情景をはっきりさ...
2020.12.28 09:00『瑠璃子の舌』著者:鋤名彦名 楽しみにしていたプリキュアショーを見終えて興奮気味の瑠璃子の手を握り、私たちは園内にある売店でソフトクリームを買った。四歳になる姪の瑠璃子は少し右側に傾いた白い巻貝のようなソフトクリームを落とさないように両手で持ってベンチに座わり、私にプリキュアの描かれた布マスクを外させてから、その白く照っているクリームに薄いピンク色をした舌を伸ばした。ソフトクリームの尖った先端がくるりと丸まった部分を舌先で少し突くようにして舐め、瑠璃子は隣に座っている私の方を向いて「ちめたいね」と言った。そしてまた舌を伸ばし、今度は渦巻の段々を削り取るような力強さでソフトクリームを下から上へと舐め上げた。唇の左端に付いたクリームは皮膚の体温でゆっくりと溶け、滴ると思った瞬間に瑠璃...
2020.11.28 08:50ネタバレブロック ~あなたのネタバレはどこから?~ 執筆者:鋤名彦名 先日こんなことがあった。 私は谷崎潤一郎の『春琴抄』を読み、その感想をTwitterに投稿した。それが以下の文章である。「谷崎潤一郎『春琴抄』読了。春琴と佐助の濃密な主従関係。物語的にはシンプルではあるが、とめどなく流れるような独特の文体がある種の異様さを際立たせている。自ら目を刺し盲目となった佐助が春琴にそのことを告げ、あの沈黙がもたらすなんたるカタルシス。そこには人智の及ばぬものがある。」 この投稿の少し後に、私のフォロワーさんがこんなニュアンスのツイートをしていた。「読了ツイートを見るのが好きだが、さらっとネタバレされていると、驚きと少し複雑な感情になる」 このツイートを見た私は、もしかして俺のことか?と思った。もちろんそんな確証はない。別のツ...
2020.09.25 09:15『ストレイキャット』執筆者:鋤名彦名 「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!」とはよく言ったものである。 稀有な体験をすると、誰かに伝えたくなるのはなぜだろう。 そこには幸不幸を問わず、存分に「自慢」という要素が入ってくることもある。宝くじが当たったとか、逆にこんな辛い目に会ったとか。昔はオレも悪かったみたいなワル自慢もあるし、笑えるようなことだったらいわゆるすべらない話にもなるだろう(それには話者の技術が必要ではあるが)。 ここにこうして文章を書こうと思ったのも、先日わたしがある稀有な体験をしたからだが、別にあえて公にするようなことでもないのは確かである。わたしの心の中にひっそりとしまい込んでおけばいいだけだ。 しかしその体験をしたあと、わたしはどうにかして誰かに伝えたいと思った。...
2020.05.16 08:45『ヘイズ』著者:鋤名彦名 吐き出されたタバコの煙が視界を覆う。それは突如下ろされた紗幕のように僕と彼女を遮る。煙の粒子が躍りながら上へと昇っていく。霞んでいた彼女の姿が実像を取り戻し、再び僕の目の前に現れる。黒目がちな彼女の瞳。小さな額の上で真ん中から分けられたやや茶色味がかった長い髪は緩やかにウェーブがかかっていて、右耳は髪を引っ掛けていて露出している。照明できらりと光る右耳は、耳殻の縁に沿って規則的に並んでいるピアスでまるで前衛アートのように見える。じっと見つめる僕に彼女は「ん?」と言った感じで首を傾げタバコを吸い煙を吐く。また下ろされた紗幕の向こうに彼女がいるということを確かめたくて、僕は彼女を抱き寄せる。彼女の華奢な身体にはさっきのセックスの熱がまだ残っていて、肌は薄...
2020.04.24 14:07【特別企画】リレー小説『読書会』この度、特別企画としてリレー小説を書きました。テーマは『読書会』。7名の参加者でリレーしました。※章の横は担当者の名前です。1(鋤名彦名) 私は今、ある高層マンションの下にいる。送られてきたDMに書かれた住所を入力したグーグルマップは確かにここを指している。あの人はこのマンションの最上階にいるらしい。じっと最上階の方を見上げていると首が疲れてきた。私はまだにわかには信じられずにいる。もう一度DMに書かれた文面を見た。「・・・つきましては我が家で拙著の読書会を開きます。ぜひご参加頂きたい。」 それは一週間前の事だった。「バベル」の名前で読書感想を主に呟いている私のTwitterアカウント宛にDMが届いた。送り主は小説家「犬神和音」からだった。「突然のダイ...
2020.04.05 02:11『マリィ』著者:鋤名彦名 そこに死があった。ひび割れた灰色のコンクリートの上に横たわるそれは、死そのものを自ら誇示するかのように存在していた。それはやや青みがかった彼の眼球の表面に、発光するもののように映った。彼はその場所へと導かれるように歩みを進めた。 それは犬の死体だった。犬種は分からないが中型犬といわれる部類だろう。垂れ下がった逆三角形のような耳、鼻面はそれほど長くはない。頭部は赤茶色の毛で覆われているが、首元辺りからは黒色に変わり、胴体は黒と白の斑になっている。恐らく雑種であろうと彼は思った。元は青色に塗装されていたと思われる革製の首輪が付いているが、表面はひび割れ、塗装はほぼ剥げていた。首輪が付いているという事は飼い犬だったのだろう。 彼はその死体にマリィと名付けた...
2019.12.31 02:20『面汚し』著者:鋤名彦名 浴室は甘い匂いで満ちていた。チョコレートソース、生クリーム、イチゴジャム、マーマレードジャム。多量に買い込んだそれらの製菓材料は一時間ほどでほとんど空になった。僕は手に付いたチョコレートソースを蛇口のお湯で洗い流す。脱衣所に置いてあったスマホを取り、カメラを浴槽で仰向けになっているミユキに向ける。ミユキの頭部から顔、首元の辺りはチョコレートソースで、胸元から臍の辺りまではイチゴジャムとマーマレードジャム、腹部から下は生クリームで汚れている。まずは全身が写るように撮り、それから顔、胸、下半身とそれぞれの部位をスマホに収めていく。ミユキは自分が汚されていることに興奮し、自らの両手で乳房を愛撫した。それから右手を生クリームに塗れた股間へ持っていき自慰行為を...
2019.04.29 07:00『泡と渦』著者:鋤名彦名 ここ数日でやって来ること。平成の終わり。令和の始まり。そして、締め切り。 そんな他人様にとっては締め切りなんて何のことは分からないだろうが、私は至極焦っているのである。読書会仲間と始めた文芸部サイト。一応部長を勤めている私が締め切りに間に合わないとなるとこれは具合が悪い。今こうやってパソコンの前でワープロソフトを開き、空白のページとにらめっこしている間にも時間は過ぎていく。 足りなかった。圧倒的に創作に対する思考の時間が足りなかった。私の敬愛する作家である村上龍がインタビューでこんなことを言っていた。「小説のアイデアは深く考えるのではなく、長く考える。そうすると泡のようにふっと湧いてくる」このままじっと泡が湧いてくるのを待つしかない。しかしそれがいつ...
2019.02.24 09:12『愛に、鬱血。』著者:鋤名彦名 いつ頃からだろうか、私は将とセックスをしてる時大体が正常位の時だけれど、私の首を絞めて欲しいとお願いするようになった。世間では窒息プレイだとか首絞プレイだとか言われる類の、いわゆるアブノーマルな行為だ。最初は気味悪がっていた将も私が首を絞められて苦しんでる間、どうやら膣の締まりが良くなるみたいで、将もそれが気持ち良いらしく頼むといつもやってくれるようになった。 なぜそんなことを言い出したのか、明確な理由は私にも分からない。将に私の生死の天秤を委ねてみたかった、なんて考えは飛躍しすぎだろうか。もしかしたらそのうち何か事故でも起こって私はそのまま死ぬかもしれない。でも私はいつか将がいとも簡単に天秤を死に傾ける瞬間を待ち望んでいるのかもしれないと苦しみと快...
2019.01.14 08:27『孕む』著者:鋤名彦名 怖い夢を見た。それは私が彼以外の、しかも見知らぬ男に身体を許し、その男の子供を孕む夢だった。 私は彼を愛している。今こうして私の横で額にうっすらと汗を掻きながら微かな寝息を立てている彼の、その寝顔に私はとても愛おしさを感じる。普段の精悍な顔付きからはかけ離れた、まるで彼が男として生きる為の見栄やプライドみたいなものを全て脱ぎ捨てたような無垢な寝顔。どんなに狂暴な肉食動物でも鋭い牙を仕舞い、眠りに就いた時の顔は可愛く思えるような、そんな寝顔だ。私は目を潤ませながら彼の寝顔をじっと見つめた。その視線を感じたのか彼の瞼がゆっくりと開き、少し視線が宙をさまよった後、淡く照明に照らされた私の顔を捉えた。「どうしたの?」 彼の声は弱々しく、まだ起きていない声帯を...