2021.12.31 03:05『薔薇の下で』著者:鋤名彦名 埋もれた記憶の中から蘇ってきたその若々しい肉体を、わたしは今から愛でようと思う。その若々しい肉体とわたしの交わりをこの場で公にするが、これが記憶の中にあった断片を繋ぎ合わせたものであるか、それともわたしの筆による空想の産物なのか、それはあなた方の思うままに任せよう。わたしはただ、その肉体との交わりが、わたしの愛であるのか、それとも否であるか、問いたいのである。 記憶の底から蘇ったその若々しい肉体の名はミズキと言い、わたしから四つ離れた血の繋がった弟である。なぜ今わたしの記憶の中からミズキの肉体が蘇り、瞼の裏のスクリーンに映し出されているのか、それは自分でも分からない。スクリーンには十二、三の年頃にミズキの裸体が映っている。ここから少し情景をはっきりさ...
2021.11.12 12:43【試し読み】「彩宴-iroutage- VOL.2」「彩宴-iroutage- VOL.2」の目次と収録作の冒頭が試し読み出来ます。販売作品:彩宴-iroutage- VOL.2販売価格:500円発行編集:彩ふ読書会(ホームページはこちら)サイズ:文庫判(A6)ページ数:154ページ販売履歴2021年11月23日 第三十三回文学フリマ東京(詳細はこちら)2022年1月16日 第六回文学フリマ京都(詳細はこちら)出店中止
2021.03.29 13:27『ダストバニー・イン・マイ・ヘッド(最終回)』著者:へっけ※前回の『ダストバニー・イン・マイ・ヘッド(第三回)』はこちら 今日の町田市は昨日の町田市とは全然違っている。それは街並みに変化があったり住んでいる人間が全て死んでしまったりした訳ではなくて視覚や肌で感じる空気感、雰囲気が違うという意味でだ。 これまでにない緊張で手足が痺れてきて息も苦しくて過換気症候群を起こしたみたいだ。片膝を床に着いて倒れそうになるが、戦う前に倒れる訳にはいかない。 俺は脳内でナンバガの向井秀徳がシャウトしている映像を繰り返し思い浮かべて気を紛らわせる。少しだけだけれど呼吸が楽になってきた。ありがとう向井秀徳。 自分の部屋で着替えを済ませた俺はママに声をかけようとリビングへ移るが人のいる気配がしない。 嫌な予感がする。 もしかしたら...
2021.01.25 12:46『ダストバニー・イン・マイ・ヘッド(第三回)』著者:へっけ※前回の『ダストバニー・イン・マイ・ヘッド(第二回)』はこちら 俺は、夢の世界にいる。 何故そんなことが分かるのかというと鈴ちゃんのバラバラになった死体が目の前に散乱しているからだ。 最強のヒーローであるママがいるのだから鈴ちゃんが穴師に殺される訳がない。 だからこれは夢なのだ。 それも最低最悪の悪夢だ。 俺は鈴ちゃんのバラバラになった手足と胴体と首を抱えながら町田駅へ向かう。 今が何時かも分からないが道中、通行人を一人も見かけることはなかったから町田の住人が全て死に絶えてしまったのかもしれないと思った。 町田駅で八王子行きの電車に乗って車窓から空を眺めると雲ひとつない青空だというのに太陽はどこにも見当たらない。もし太陽が失われてしまっていたとしたらき...
2021.01.11 02:42文芸部プレゼンツ「新春短歌祭り」彩読コミュニティLINEにて、文芸部プレゼンツ「新春短歌祭り」を開催しました。「駅」「冬」「彩」「書」「家」の五つのお題で短歌を作ってもらいました。
2020.12.28 09:00『瑠璃子の舌』著者:鋤名彦名 楽しみにしていたプリキュアショーを見終えて興奮気味の瑠璃子の手を握り、私たちは園内にある売店でソフトクリームを買った。四歳になる姪の瑠璃子は少し右側に傾いた白い巻貝のようなソフトクリームを落とさないように両手で持ってベンチに座わり、私にプリキュアの描かれた布マスクを外させてから、その白く照っているクリームに薄いピンク色をした舌を伸ばした。ソフトクリームの尖った先端がくるりと丸まった部分を舌先で少し突くようにして舐め、瑠璃子は隣に座っている私の方を向いて「ちめたいね」と言った。そしてまた舌を伸ばし、今度は渦巻の段々を削り取るような力強さでソフトクリームを下から上へと舐め上げた。唇の左端に付いたクリームは皮膚の体温でゆっくりと溶け、滴ると思った瞬間に瑠璃...
2020.12.22 10:19【試し読み】「彩宴‐iroutage‐」「彩宴‐iroutage‐」の目次と一部収録作の冒頭が試し読みが出来ます。販売作品:彩宴-iroutage-販売価格:800円発行編集:彩ふ読書会サイズ:A5ページ数:132ページ販売履歴2020年11月22日 第三十一回文学フリマ東京(詳細はこちら)2021年1月17日 第五回文学フリマ京都 ※開催中止(詳細はこちら)2021年1月24日 通販サイト「BOOTH」にて販売開始(通販ページはこちら)2021年11月23日 第三十三回文学フリマ東京(詳細はこちら)
2020.12.22 10:11『ダストバニー・イン・マイ・ヘッド(第二回)』著者:へっけ※前回の『ダストバニー・イン・マイ・ヘッド(第一回)』はこちら 現在、このクソ治安の悪い町田市は、市政始まって以来の惨事に見舞われている。はっきり言って一九六四年に四名の死者と三十二名の怪我人を出した町田米軍機墜落事故を上回ると俺は思っている。まあその時、俺は生まれていないからその事故のことはよく知らないのだけれど。 さて現在の惨事とは何かと言うと、町田市少女七人連続殺人事件。 通称「穴師事件」だ。 何故こんな通称が付いたかと言うとそのあまりに猟奇的な殺害方法に理由がある。 三ヶ月前に初めて殺害された女子高生の荒木舞は、玉川学園前駅近くの公園で死体となって通行人に発見された。 その死体は上半身と下半身が切断されていて、下半身は公園中央に突如としてできた...
2020.11.28 08:50ネタバレブロック ~あなたのネタバレはどこから?~ 執筆者:鋤名彦名 先日こんなことがあった。 私は谷崎潤一郎の『春琴抄』を読み、その感想をTwitterに投稿した。それが以下の文章である。「谷崎潤一郎『春琴抄』読了。春琴と佐助の濃密な主従関係。物語的にはシンプルではあるが、とめどなく流れるような独特の文体がある種の異様さを際立たせている。自ら目を刺し盲目となった佐助が春琴にそのことを告げ、あの沈黙がもたらすなんたるカタルシス。そこには人智の及ばぬものがある。」 この投稿の少し後に、私のフォロワーさんがこんなニュアンスのツイートをしていた。「読了ツイートを見るのが好きだが、さらっとネタバレされていると、驚きと少し複雑な感情になる」 このツイートを見た私は、もしかして俺のことか?と思った。もちろんそんな確証はない。別のツ...
2020.11.28 08:45相対化ツールとしての読書 執筆者:shikada最近になって、自分にとって読書が持つ意義について考える機会があった。現時点で考えていることを、記事にして残しておきたい。この文章で述べたいことは次の2つのことだ。1 本は、非同期型のコミュニケーションが行えるツールである2 非同期型のコミュニケーションを行うことで、自分が生きる世界を相対視できるようになるこの2つについて、順番に整理していきたい。①非同期型のコミュニケーション「同期」とは複数の意味を持つ言葉だが、この文章では「時間を一致させること」という意味で用いることにしたい。また「コミュニケーション」はさしあたって「思考や情報を伝える」という意味で使う。コミュニケーションは、この「同期」を行うものと、そうでないものの2種類に分けられる。同期を行うも...
2020.11.24 13:31『ダストバニー・イン・マイ・ヘッド(第一回)』著者:へっけ※前回の『ダストバニー・イン・マイ・ヘッド(序章)』はこちら「風が嫌いなんだ」 俺は思う。 生まれてこのかた十五年、風を好きになることなんて一度もなかった。 小学校の入学式の帰りに吹かれた春風、初めて見に行った隅田川の花火大会で吹かれた夏風、三好家菩提寺の境内で焼き芋を食べながら吹かれた秋風、去年のクリスマスで神田鈴に振られた直後に吹かれた冬風。 俺は風に吹かれる度に愚痴をこぼしてママを困らせる。 ママは苦虫を噛み潰したような顔でこう答える。「前にも言ったけど葉(よう)は気にしすぎだって。頭が気になっちゃうから風が嫌なんでしょ? ママはその頭、悪くないと思う」 適当に受け流そうとしているけれど俺はもう高校生だからそんな子供騙しには乗らない。「ママは慰...
2020.11.19 15:54『十一月二十二日』著者:ののの「わかちゃんってさ、変わってるよね」「え?」 それは、わたしに審判が下された日。「こんなの書いててさ、なんか暗くない?」 小学三年生だったか四年生だったか。記憶は定かではないけれど、まだわたしがそれほど周囲を疑わず、純粋だったころだ。クラスの子から喧嘩を売られた。唐突に感じたけれど、きっと普段から煩わしかったのだろう。彼女の名前はもう覚えていないのでAとしよう。Aは、わたしと友だちが二人だけで楽しんでいた交換ノートを手に持っていた。教室の真ん中で、鬼の首をとったかのように誇らしげにノートをひらひらさせた。クラスの子たちに注目されて興奮でもしたのか、彼女はノートの内容を面白おかしく朗読した。「Bちゃんもこまってるって言ってたよ」 Bちゃんとは、わたしと一...