『ハーピーエンド』著者:Arata.S

遮断桿が降りて道路が完全に封鎖されると、人通りで混雑する場所の踏み切り前は行列ができる。先週、込み合うことで定評のある駅前の踏切で電車が通り過ぎるのを待っていたら、自転車に乗ったハゲで浅黒い小太りのおっさんが最後尾から最前列に割り込んでいく場面にかち合った。おっさんは目をギョロ付かせており、ぶつぶつと独り言を喋っている。遅っせえな、だの、チッ...という舌打ちが3メートル離れていても聞こえてきた。周囲にはエアポケットが出来上がっている。苛立っている原因はわからないしわかりたいとも思わなかったが、ママチャリのペダルにかけた足は貧乏揺すりでせわしないうえにリアクションがうるさく非常に目障りで、できれば視界から消えてほしい、入るべき場所に収まってほしいなどと物騒なことを考えてしまう。思考のさなか、下りの電車がけたたましくやって来て通り過ぎていった。すれ違いざまに警笛を一発かましてきたので驚いてビクっとした。挙動不審のおっさんが停止線を乗り越えてフライング気味に構えているのであれば警戒されて然るべき、なのかもしれないが実に心臓に悪い。そうして立ちすくんでいると突然、おっさんが動く。車両が通過してすぐということもあり遮断桿は降りサイレンは鳴っている。にもかかわらず内側に侵入を始めたのだ。止めるというアクションを起こさないが、内心、案の定こいつやりやがったな、と皆思っていたはず。おっさんはバーの内側に前輪をねじ込んでみてからあることに気づいたようで、ふいに焦り始めた。一つ目は、電車が通過したのにも関わらず遮断機がえらく長いこと作動してること。二つ目は、下りの便は去ったがもう一便、上りの便がやってくるということ。どうやら車両が一回通過したからもう開く、と早合点していたらしい。なぜ矢印が両方点灯していることを無視したのかはわからない。いよいよ混乱したおっさんはあろうことかハンドルを捻り前輪部をレールの溝と平行にしたあげく、タイヤを溝に突っ込んで嵌める、という誰も描き出せなかった解答に到達する。なぜ無の状況から死刑台を急造できるのか。誰もが思った、本当にもうこいつ、なんなんだこいつ馬鹿が、と。そしてもがいてるおっさんを見て痺れを切らした誰かが助けに動くすんでのところで、おっさんは前輪を溝から引き上げることに成功した。
「台無しだろうがっ! 
もう間に合わねえなあっ!
くそがっ!」
と、大声で叫び遮断機を睨み付けると、そのまま来た道を引き返して行った。その後、俺は何事もなく踏切を往来した。誰も傷つかなかったのはもちろんだが、おっさんがあの短い待ち時間に皆をアドリブで笑顔にしてくれたのだと思うと喜ばしく思える。エンターテイメントでハッピーエンドな出来事で実に爽やかな気分になった。


そんなわけあるか。
あのおっさんマジで危ねえから、収監しろ。
(了)

彩ふ文芸部

大阪、京都、東京、横浜など全国各地で行われている「彩ふ読書会」の参加者有志による文芸サイト。

0コメント

  • 1000 / 1000