『泡と渦』著者:鋤名彦名

 ここ数日でやって来ること。平成の終わり。令和の始まり。そして、締め切り。

 そんな他人様にとっては締め切りなんて何のことは分からないだろうが、私は至極焦っているのである。読書会仲間と始めた文芸部サイト。一応部長を勤めている私が締め切りに間に合わないとなるとこれは具合が悪い。今こうやってパソコンの前でワープロソフトを開き、空白のページとにらめっこしている間にも時間は過ぎていく。

 足りなかった。圧倒的に創作に対する思考の時間が足りなかった。私の敬愛する作家である村上龍がインタビューでこんなことを言っていた。「小説のアイデアは深く考えるのではなく、長く考える。そうすると泡のようにふっと湧いてくる」このままじっと泡が湧いてくるのを待つしかない。しかしそれがいつ湧くかは分からない。もしかしたら湧かないかもしれない。私は半ば諦めとともにベッドに横になった。緩やかな眠りの渦が私を誘うのを感じた。

 それは奇妙な夢だった。いや、悪趣味な夢と言ったほうがよい。

 私は夢の中で赤子殺しをしていた。母親に抱かれ眠っている赤子を無理矢理奪い、そして赤子をミキサーのガラス容器に入れる。ガラス容器が赤子は入るくらいの、普通より大きいサイズになっている。赤子を奪われ泣いている母親の目の前で私はそのミキサーのスイッチを入れる。ミキサーの刃が高速で回転し、赤子を骨の無いゼリーの塊であるかのように、ものの数秒でドロドロの液体にしてしまった。うなりを上げて回転するミキサーの刃の音が、次第に「おぎゃあおぎゃあ」と聞こえてきた。

 心地の良い目覚めでは決してなかったが、これは創作に使えるかもしれないと思った。ただこのアイデアをそのまま使うわけにはいかない。多少なりとも手を加えなければならない。赤子殺しを何かのメタファーとして使うのがベターではないか。例えば中絶を間近に控えた女の夢として使うような。この線で考えてみよう。私は見た夢の断片を空白のページに打ち込み、そして主人公の女の設定を考えることにした。

 しかしまたここであの泡がそう簡単には浮かんでこないことは自分でも分かっていた。少しずつ考えて肉付けしていくしかない。ある意味でスタートラインに立てたことに安堵した私はまたベッドに横になった。そして天井を見つめながらアイデアを練っていると、さっきよりも強い眠りの渦が私を誘った。

 その夢は奇妙な夢でもあり、快楽的な夢でもあった。

 私は着せ替え人形を手にしていた。小学校低学年くらいの女の子が遊ぶような着せ替え人形だ。茶髪のロングヘアで目は青色、胸はそれほど大きくないが足が長くすらっとしている。私はその着せ替え人形の服を全て脱がし裸にした。そして着せ替え人形と共に風呂場へ向かった。着せ替え人形を浴槽の縁に座らせ、まず自分からシャワーを浴び、髪を洗い、身体を洗った。次に着せ替え人形に優しくシャワーをかけ、そして髪を洗い、身体を洗ってあげた。私は着せ替え人形に軽くキスをし、そして彼女の身体にゆっくりと舌を這わせた。小ぶりな胸、次に引き締まったウエスト、そして股間へと舌は向かった。そうしているうちに私の股間は勃起し、着せ替え人形をおもむろに股間へ擦りつけた。彼女の顔面の凹凸が股間を刺激する。やがて脳が溶けだすような痺れを感じ、私は着せ替え人形の顔に射精した。

 見事なまでの淫らな夢だった。これも何か創作のアイデアとして使えるかもしれない。しかし赤子殺しのアイデアとは別にした方が良さそうだ。私は別のページにこの夢の断片を記録し、再度赤子殺しをメインに据えた小説のアイデアを考えることにした。締め切りは近い。しかしなんとかなるであろう。一度頭をリフレッシュさせよう。そう思い私は散歩に出かけることにした。


『乳児誘拐殺人の容疑で鍬名彦名を逮捕しました。彼の自宅からは精液の付着した大量の着せ替え人形が見つかっています。』


(了)

彩ふ文芸部

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