『パシリは、観ていた(2)』著者:空川億里

                  *

 神田署に設置された捜査本部に戻った左近は、聞きこみの結果を鯨井警部に報告した。

「お前の情報、裏が取れたぞ。蕨駅の防犯カメラに、黒ずくめのサングラスの男が、十時五十分に改札を切符で通るのが映ってた。JRの職員から画像をメールで送ってもらった」鯨井は、自分でパソコンに動画を表示した。確かに晴人と思われるサングラスの男が、黒い手袋をはめた手で切符を改札に入れ通るところだ。時刻表示は警部の説明通り十時五十分だった。「秋葉原駅の動画も、もらった」警部は蕨駅の動画を閉じると、JR秋葉原駅の改札を映した動画を表示した。やはり黒ずくめの人物が、黒い手袋をはめた手でつかんだ切符を自動改札に入れ、電気街口を出たところであった。時刻表示は午前十一時二十五分で、これも証言と一致する。改札を出てすぐそいつはサングラスを外したが、その顔は紛れもなく晴人のものだ。そして、改札を出て右のガンダムカフェの方に歩きはじめた。

「ガンダムカフェの防犯カメラにも、晴人が映ってた」

 今度はカフェ内の動画が出た。黒ずくめの晴人が映ってる。やはりサングラスをしてないので、間違えようがない。彼が話してる相手の若者が宮城だろう。

「実は、他の刑事の調査で興味深い話が出てる」鯨井が話しはじめた。「被害者の次男の義明だがな。ここ半年以内に、複数の消費者金融から多額の金を借りてるんだ。総額は一千万を超えている」部下の反応を窺うように、警部は左近の顔を見た。

「逆に兄貴の晴人は、勘当されて以降消費者金融からは借りてないのが確認された。さすがに、奴も懲りたんだろう。そしてここ一年は、ガイシャと義明の親子が大喧嘩してるのを、周囲の人間が何度も見てる」

「喧嘩の理由は、わかりますか」

「周囲の者の話だと、兄の勘当を解いてほしかったようで、その件で何度も口論になってたそうだ。しかも義明は借金を何に使ったか聞いても答えないんで、さらに怪しい。今のところ疑わしいのは義明だ。喧嘩の原因は借金の件もあるんじゃないかな。父親を殺せば遺産が入るし。そして、父親を殺害した時義明の服に血がついた。警官がかけつけた時は、とっさに今帰宅したばかりのようにふるまった」

「しかし、刺された時ガイシャは電話中で、犯行に及べばすぐ、電話の相手に通報されるのはわかってたはずですが」

「そこまで気が回らなかったんじゃないのかな」

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 その後さらに調査は進み、息子達の証言通り、温厚な性格の被害者には敵と呼べる存在がほとんどないのがわかった。どうにか敵と呼んでも良さそうな少数の人間にはアリバイがあったため、捜査陣の疑惑は義明に絞られたが、左近だけはどうしても、晴人への疑念が拭えずにいる。

 捜査をすればするほど、晴人の粗暴な性格が判明したからだ。彼は過去に何度も暴力事件を起こしていたが、それは勘当された後も変わらなかった。浪費癖も治らぬようで、周囲の者に『金がない。親父が死ねば、遺産が入るのに』と話していたのを、複数の人間が聞いていた。

 一方弟の義明は温厚な性格で、周囲の評判もいい。とてもじゃないが、父を殺す男には思えなかった。義明の多額の借金も、兄のそれを肩がわりしてるだけじゃないかと左近はにらんだ。金を借りた理由を言わないのは、身内の恥をさらしたくないのではないか。

 左近は義明が言及していたボンジュール急便の配達員らしき人物が気になり、調査を進めた。が、神田駅周辺を担当している営業所に聞いたところ、犯行当日の午前十一時前後、現場付近には誰一人配達員は行ってないとの話だった。

 そのうち現場周辺の聞きこみをしている刑事の中から、おかしな話が出てきた。犯行当日の午前十時五〇分頃、ボンジュール急便の制服を着た人物が、JR神田駅東口の改札を出て、壺屋邸のある方に早足で歩くのを見た目撃者が複数現れたのだ。通常車で移動する配達員が電車の改札から出てきたので、印象に残ったそうである。

 さらに神田駅構内の防犯カメラを調べると、犯行当日午前十時四六分京浜東北線神田駅を降りたロン毛に黒のサングラスに赤いジャケットを着てスポーツバッグを持った男が神田駅の男子トイレに入り、出てきた時にはダンボール箱を両手に抱え、ボンジュール急便の制服に変わっていたのが判明した。

 その人物は、駅の清掃員も目撃している。清掃員の話では、トイレの個室に入ったロン毛の男が、出る時は運送屋の制服姿に変わっていたので驚いたそうだ。ロン毛の男は個室に入る時黒いスポーツバッグを持っていたが、出た時にはバッグはなく、代わりにダンボール箱を抱えていたので、バッグや赤いジャケットは、箱の中に入れたものと思われた。

 おそらくガムテープも持参して、バッグから出したダンボールを箱の形に組みたてた時、テープ止めしたのだろう。制服は盗んだか、似たような服を買ったのではないか。犯人が壺屋悟を殺害した時返り血を浴びたろうが、その部分を抱えたダンボール箱で隠せば、見えなくなる。

 どうやら犯人はこいつだろう。犯行の後神田駅に戻り、トイレで最初の格好に戻り、今度は秋葉原駅まで電車に乗ってそこで降り、ガンダムカフェで招待状を受けとったのではないか。

 神田発十一時二一分発の上野・池袋方面行の山手線に乗り、十一時二三分に秋葉原で降りれば、間にあうのだ。カメラの画像や目撃者の証言を総合すると、この人物は身長一七〇センチと思われた。ちょうど晴人と同じぐらいだ。

 が、一つ問題がある。仮にこいつが犯人だとして、こいつが利用した午前十時四六分神田駅着の京浜東北線は、蕨駅を出発するのが午前十時十九分になるのである。葦名の証言を信じるなら、晴人は午前十時四〇分に蕨の家を出てるわけで、タイムマシンでもない限り、その芸当は不可能だ。

 左近は神田署で、蕨駅の防犯カメラに映った動画を再確認した。今度は午前十時頃から早送りでそれを観たのだ。すると午前十時十五分、黒いサングラスにロン毛、赤いジャケットの男が切符を買い、その切符で改札を通るのが確認できた。どうやら犯人が、この電車に蕨駅から乗ったのは間違いない。が、こいつが一体何者なのかがわからなかった。

 画像を調べると、やはりこの人物も身長一七〇センチぐらいはある。左近の脳裏に、ある男の顔が浮かんだ。同じ蕨市内に住む樫原だ。晴人の周囲を調べた結果、この樫原と葦名の二人が、晴人の命令を何でも聞く舎弟としていいように使われていた。

 しかも樫原は警察の調べで、消費者金融から多額の借金を抱えてるのが判明している。晴人の言いなりになれば、借金返済のための資金を父親の遺産から出すと言われてる可能性があった。

 左近は早速、樫原の住むアパートへ部下の刑事と車で向かう。着いた頃には、すでに夜十時を回っている。呼び鈴を鳴らすと樫原が恐る恐る玄関から出てきたので、手帳を見せた。実物を見て、左近は驚く。

 顔はそうでもないのだが、身長や体つきが、晴人とよく似ているのだ。ただし、精悍な顔つきの晴人と違い、樫原は柔和な表情である。グリズリーと、熊のプーさんぐらいの違いはあった。

「話なら、こないだ別の刑事さん達にさんざんしましたけど」

 樫原は眉をひそめて、嫌味を混ぜた言葉を放った。

「今日は君の部屋を見せてもらいに来たんだ」言いながら、左近は中にずかずかと入った。「定期を見せてくれないか」

「いいけど、定期がどうしたの」

「犯人じゃないなら、見せても何の問題もないよなあ」

 樫原は、しぶしぶサイフから出したスイカを左近に見せた。

「申し訳ないが、これは預かる」

 左近はそれを取りあげた。

「どうしてだよ」

「すぐに返す。履歴を調べるだけだから」

「通勤に使ってるから、ないと困るよ」

「君は壺屋悟さんが殺された日、風邪で一日この部屋で寝てたそうだな」

「そうだよ。一人だからアリバイないけど、おれはその人と会った事もないし」

「一日ここで寝てたなら定期を調べても、事件のあった日曜の履歴は存在しないわけだよな。電車に乗ってないんだから」

「ちょっと待ってよ。今、思いだした。おれ日曜に電車使ってるわ」

「じゃあ、何時に蕨駅を出て、どこまで行ったか言ってみろ。履歴と同じか確認してやる」

 しばらく樫原は固い表情をしていたが、やがて火山が噴火したかのように号泣した。

「しかたなかったんだよ。壺屋さんの言う通りにすれば、報奨金をくれるって言われたんだ。実はおれ、ギャンブルで金を遣いすぎて、消費者金融からの借金で首が回らない状態なんです」

「それで十時五四分発の京浜東北線に乗ったんだな」

「壺屋さんから十二月三日の土曜にもらった黒ずくめの格好をして、四日の日曜に蕨駅で切符を買って改札を通り、ホームの人ごみの中でリバーシブルのジャケットを赤い方を表に着なおして、十時五四分発の電車に乗るよう言われたんです。そして十一時十九分に秋葉原駅で降りて、電気街口から出ました」

「その後は、どうしたんだ」

「十二時過ぎまで秋葉原をぶらついて、その後秋葉原から電車に乗ってここに戻りました。帰りは自分のスイカを使いました。全部、先輩の指示です。何でそんな行動を取らなくちゃならなかったのか、今もわかりません。ただ、先輩のお父さんが殺されたと知って、何かそれに関係あるだろうとは思ってました」

「いいように利用されたわけだ。その時の衣装はあるかい」樫原は、押入れからそれを取りだした。黒い帽子、黒いマフラー、黒いサングラス、黒い手袋、外側が黒で内側が赤のリバーシブルジャケット。カメラの画像と同じである。

 早速左近は応援を呼んだ。やがて鑑識が現れて調べると、サングラスから樫原と晴人の指紋が出た。樫原が通勤で使うスイカの履歴も調べられ、秋葉原駅から日曜の十二時に改札をくぐり、その後蕨駅から十二時三五分に改札を出た履歴が確認された。

 秋葉原駅の防犯カメラが撮影した映像を観ると、犯行当日の十一時二五分に、電気街口から切符で出た樫原の姿が確認された。ジャケットが赤以外は黒一色だ。こちらの方はガンダムカフェに行かず、改札を出るとまっすぐ歩きソフマップがある方へ進んだ。その後履歴通り十二時に電気街口に戻ると、改札をスイカで通り、駅に入った。

 一方蕨駅のカメラが映した画像を調べると、履歴通り十二時三五分、蕨駅の一つしかない改札を出た樫原の姿が映ってたのも確認された。晴人なら、日曜の午前十一時代は神田の壺屋邸の門も玄関も施錠されてないのを弟から聞いて知ってたはずだ。

 逆にゆきずりの強盗なら、そんな事わかるはずがない。だがこれだけでは、晴人が犯人と指摘するだけの材料がない。晴人のアリバイを破らねば。

                   *

 左近は再び部下の刑事と、葦名のアパートを訪れた。

「たびたび、すいません。二、三お伺いしたい事があってね。入ってもいいかな」

 葦名は歓迎するような表情ではなかったが、左近は遠慮せず中に入った。二人の刑事は、再び間にコタツをはさみ、葦名と向かいあう。

「つかぬ事を聞くけど、君が晴人君の家で観た映画の題名覚えてないかな。実は、ぼくも映画が好きでね」

「ぼくは、あまり観ないです。先輩に言われたから観ただけで。でも、良い作品でした。イタリア映画で『ニューシネマパラダイス』という題名です」

「それなら知ってる。ぼくも、好きな作品だ。こないだの日曜の十時四十分頃から観はじめて、十二時四十分に観終わったから、大体二時間位だな。上映時間」

「そうですね。そのくらいです」

「どのシーンが一番良かった」

 左近は尋ねた。

「最後の方で大人になった主人公とヒロインが、車の中で会う場面が良かったです」

 葦名の言葉を聴いて、左近は思わず興奮状態になっていた。

「君、その映画観たの初めてだよね」

「そうですけど、それが何か」

 不審そうな表情で、葦名が聞いた。

「途中で早送りやスキップはしてないんだろう」

「してません。てか、できません。先輩が、リモコンとプレイヤーを置いてある地下室の小部屋を施錠したんで」

「彼は何で鍵なんか、かけたの」

「ぼくが早送りやスキップして、映画観るのをさぼらないためと言われました」

「君が今話したシーンは一二四分版の『ニューシネマパラダイス』には入ってないんだ。入ってるのは、一七〇分のディレクターズカット版の方」

 葦名の表情の乏しい顔に、驚きらしいものが生じていた。

「本当に、映画は二時間で終わったの」さらに左近が質問した。「三時間近くあったんじゃないのかな。本当は君の先輩は、十時四〇分よりも、早い時刻に外出したんじゃないだろうか……君、スマホで外出時と帰宅時の時刻を確認したって言ってたけど、先輩がスマホの時刻表示を内緒で操作したり、スマホ自体が故障したりはしてなかったの」

「故障はしてません。あの後スマホの時刻表示を駅の時計と確認したけど、合ってたんで」

「あの後って、君はずっと自分のスマホを自分で持ってたんじゃないの」いらえはなかった。突然葦名は石像のように黙りこんでしまう。「何か隠してるなら、早めに打ちあけた方がいいよ。でないと、君も犯罪に加担してると思われる」

 しばらく沈黙が続いたが、ようやく貝のように閉ざした葦名の口が重々しく開いた。

「十時四〇分というのは、ぼくが確認したんじゃないです。先輩が外出する時、自分の腕時計を見て言いました。ぼくのスマホは先輩の家に行った時、最初に預けたんで」

「晴人君にかい」

 葦名は軽くうなずいた。

「以前スマホをなくしたんで、またなくさないようにって、土曜に行った時にすぐ取りあげられたんです。先輩が外出から帰宅した時返されたんで、その時時刻を確認しました。ですから、帰宅した時の十二時三五分という時刻は、間違いないです。先輩がイタズラしたんじゃないかと思って、後で帰る時駅の時計見たけど合ってましたし」

「映画観てて、おかしいと思わなかったの。二時間にしては長いって」

「三時間の作品があるって知らなかったんです。普段映画観ないんで、みんな二時間位だと思ってました。最初に先輩から『一二四分』と書いたパッケージを見せられてたから、間違いないと信じてたし。ディレクターズカット版ってものがあるの自体、知りませんでした。作品が良かったんで、時間がたつのも忘れてたし」

 これで晴人のアリバイは破れた。左近はこの件を、鯨井警部に電話で報告した。

「なるほどな。映画を使ったアリバイか……悪党ながら、よく考えたもんだ」

「間違いなく、晴人が犯人です」

 左近は部下の刑事と一緒に、蕨市内の晴人の家を再訪問した。

「ご同行願えますか」

 左近は逮捕令状を、玄関に出た晴人に見せる。彼のふてぶてしい顔が、一瞬にして恐怖のためにひきつった。左近は晴人を車に乗せ、捜査本部のある神田署に向かった。到着すると、左近は部下の刑事と共に、晴人を取調室に連行する。

 左近は晴人の向かいに座り、今までにあがった証拠の数々を、相手にぶつける。しばらく沈黙していた晴人だが、これ以上の否定は無理と諦めたらしく、犯行を自供した。

「まず当日朝の話から始めよう」左近は事件のおさらいを始めた。「君は葦名君を蕨の自宅に残したまま、家を出た。その時君は腕時計を見て『今十時四〇分だ』と話したが、実際は、違う時刻だったんだな」

「九時五三分かな」

 不機嫌そうに、晴人が答えた。

「そして君は電車に乗る前に駅前の本屋で変装したんだろう」

 この件は、聞きこみで判明した。黒ずくめの男が書店のトイレの個室に入り、その後別の格好で出たのを店員が見てたのだ。その証言は店の防犯カメラの映像でも確認できた。

「そうです。マフラー、帽子、サングラスをスポーツバッグに入れて、代わりにバッグから出したロン毛のかつらをかぶりました。上着は内側の赤い方を外にして着なおしました。そして十時十九分蕨駅発の京浜東北に乗ったんです。」晴人は、重い口を開く。「神田駅に着くとトイレの個室でボンジュール急便の制服に着がえて、そこから歩きで実家に行きました。日曜の十一時代は門も玄関も施錠されてないのを知ってたんで。家に入った時親父は玄関に背を向けて電話中で、おれに気づかない様子でした。そこで台所から包丁を持ちだし、親父の背後に近づいて、背中を何度も刺しました。そして神田駅へ戻り切符を買って、駅のトイレで黒ずくめの格好に戻り、ダンボールは畳んでバッグに戻しました。そして山手線に乗って秋葉原で降り、ガンダムカフェに行ったんです」

「弟の義明君が借金を消費者金融からしてるけど、これって君のを肩がわりしてるだけだよな」晴人に対して、左近が詰問した。「すでに義明君は白状してる」

 白状したというのは嘘だ。

「すぐ返すつもりだったんだ」晴人は訴えるような口調だ。「ギャンブルでまた借金ができて、さすがにもう消費者金融から借りるのはまずいと思って、弟から借りたんだよ。そのうち弟もこれ以上消費者金融から借りれないと言いはじめて……親父さえ死ねば遺産が残るから、借金の件も解決するし」

「何の落ち度もないお父さんを殺して、恥ずかしいと思わないのか」

 思わず左近はどなりつけた。

「どうせ親父は年だから、そのうち先に死ぬじゃないか。ちょっとばっかし先に死んで、今後生きてくおれが遺産を受けとっても、罪はねえだろう」

 次第に晴人は、グロテスクな本性を黒雲のように現した。

「しかも弟に罪をなすりつけようとしたろう。だからわざわざ、いつも弟が帰宅する時間を狙ったんだろう」

「親父が死んで、弟がムショに行けば、遺産は全部おれの物になるじゃないか」

 晴人は開きなおった態度だ。左近は、この男をなぐりたい衝動を必死に抑えるのに苦労した。

                  * 

 壺屋悟が殺されてから二週間が経過した。犯人の晴人が逮捕され、メディアを通じて大々的に報道され、葦名のアパートにも新聞やテレビの記者が殺到し、慌しい毎日だったが、ようやく落ちつきはじめていた。

 十二月十七日土曜の夜、葦名は呼びだされて樫原のアパートへ行き、蕨駅前のスーパーで買ったビールとつまみで、二人きりの宴会を始める。

「今日は一体何の用ですか」

 葦名は樫原に質問した。

「金、貸してくれないか」

「無理ですよ。給料日前だし、もう何万も貸したでしょう」

「だったら、おれに手を貸してくれ」

「何をするんですか」

「神田の壺屋邸に空き巣に入るんだ。こないだ亡くなった悟さんの葬式に参列したろう。何のかのと理屈をつけて、息子の義明に取り入るんだよ。そして壺屋邸に二人で遊びに行って、うまい事合鍵を作るとか、侵入しやすそうなルートを探しだすんだ」

「それ、犯罪でしょう」

 突然、樫原の拳骨が飛んできて、葦名は頬に痛みを覚えた。

「お前は、おれの言う通りにすればいいんだ。今日からお前は、おれの舎弟だ」

 柔和だった樫原の顔はいつのまにか、鬼のような形相になっていた。


(了)

彩ふ文芸部

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