2020.08.29 09:12『玉しゃぶりやがれ(3)』著者:片側交互通行※前回の『玉しゃぶりやがれ(2)』はこちら3「どこに行くんですか」 久留巣さんの格好はバイトでは見ることのできない可愛らしい姿だった。秋らしいワンピースに薄手のコートを羽織っている。おしゃれだと感動を覚える。一方私は彼女の隣を歩いていいのかと思いたくなるような格好をしている。赤いシャツに黒いパンツ、黒いジャケットという平凡な姿で不釣り合いなのではないかと不安になる。「普段なかなか見れないところ」 ようやくバイトで話ができるようになって四ヶ月経った。 職場では話が弾むこともあった。主に臼井さんのおかげである。売り込みが非常に上手く、将来ああいう人が営業に就くのだろうと思った。 いつも自転車で行動しているので、電車の交通費は痛い出費だったが、ケチな男と思わ...
2020.08.01 09:12『玉しゃぶりやがれ(2)』著者:片側交互通行※前回の『玉しゃぶりやがれ(1)』はこちら 2 木槌の音で目を覚ました。 弁護士が腰を上げている。睡魔と戦い始めたところまでは覚えていた。まあいいや、と思ったら眠りに落ちた。 やはり裁判は刑事事件に限る。民事は退屈でしょうがなかった。後か先か、払ったとか払ってないとか子供の喧嘩のようなものだ。 開廷表を見るために一階に降りる。開廷表はその日裁判が行われる事件の一覧が乗っているものだ。開始時間と何の事件が行われて、被告人の名前と審理予定、判決なのか初公判なのかがわかるようになっているファイルだ。 ロビーに降りると、学生なのか若い女性が開廷表を見ていた。彼女は髪を後ろで縛り、顔に掛からないようにピンで止めていて聡明な印象を受けた。きれいな女性を見ると格好を...
2020.05.27 13:02『玉しゃぶりやがれ(1)』著者:片側交互通行1「うるせぇよ。玉しゃぶりやがれってんだ」 と言いたいのを堪えて頭を下げる。 というのは嘘だ。客に頭を下げたのは本当だ。言いたいことを堪えたという部分は、頭を下げ終わり、客が去ってキッチンに戻ってきたときにセリフと一緒に頭の中から沸いてきた妄想だ。「加藤さん、今の客なんでした」 臼井さんは折りたたみ椅子に座って携帯ゲーム機から顔を上げて尋ねてきた。「漫画の巻が抜けていたのを怒られましたわ。ホンマゴミみたいな客ばっかりですわ」「何の漫画ですか」 少年誌の作品名を上げた。「あ、その漫画俺も読もうと思ったんですけど、やっぱり抜けてますよね。十三巻でしょ。客がパクっていったんでしょうね。ホンマ腹たったんで冷蔵庫殴りましたわ」「よく盗まれますよね」「買うより盗ん...
2020.03.08 09:55『牛乳』著者:片側交互通行 夜勤明けで疲れて帰ってきて、何を考えていたのかコーヒーを作った。捨てるのもためらわれたので、牛乳を多く入れて飲むことにした。 コーヒーを冷蔵庫の上に置いた。独り暮らし用の冷蔵庫は高さが鳩尾辺りになるので上で作業するのにちょうど良い。 牛乳は使いさしのものがなく新品を取り出した。開け口を開いてマグカップに注ぎ込む。「うわっ」 小さな叫び声が聞こえた。隣の部屋からではない。おかしなことに確かに目の前から聞こえてきた。一人暮らしで他に人はいない。何か奇妙なことが起きている。 手を止めて静かにしていると、「やっと出られたぜ」 もう一度同じ太い声が聞こえてきた。「おい、どこ見てんだよ。こっちだよ、コップの中だ」 声に従いコップの中を覗き込む。しかしそこにあるの...