2021.03.29 13:27『ダストバニー・イン・マイ・ヘッド(最終回)』著者:へっけ※前回の『ダストバニー・イン・マイ・ヘッド(第三回)』はこちら 今日の町田市は昨日の町田市とは全然違っている。それは街並みに変化があったり住んでいる人間が全て死んでしまったりした訳ではなくて視覚や肌で感じる空気感、雰囲気が違うという意味でだ。 これまでにない緊張で手足が痺れてきて息も苦しくて過換気症候群を起こしたみたいだ。片膝を床に着いて倒れそうになるが、戦う前に倒れる訳にはいかない。 俺は脳内でナンバガの向井秀徳がシャウトしている映像を繰り返し思い浮かべて気を紛らわせる。少しだけだけれど呼吸が楽になってきた。ありがとう向井秀徳。 自分の部屋で着替えを済ませた俺はママに声をかけようとリビングへ移るが人のいる気配がしない。 嫌な予感がする。 もしかしたら...
2021.01.25 12:46『ダストバニー・イン・マイ・ヘッド(第三回)』著者:へっけ※前回の『ダストバニー・イン・マイ・ヘッド(第二回)』はこちら 俺は、夢の世界にいる。 何故そんなことが分かるのかというと鈴ちゃんのバラバラになった死体が目の前に散乱しているからだ。 最強のヒーローであるママがいるのだから鈴ちゃんが穴師に殺される訳がない。 だからこれは夢なのだ。 それも最低最悪の悪夢だ。 俺は鈴ちゃんのバラバラになった手足と胴体と首を抱えながら町田駅へ向かう。 今が何時かも分からないが道中、通行人を一人も見かけることはなかったから町田の住人が全て死に絶えてしまったのかもしれないと思った。 町田駅で八王子行きの電車に乗って車窓から空を眺めると雲ひとつない青空だというのに太陽はどこにも見当たらない。もし太陽が失われてしまっていたとしたらき...
2020.12.22 10:11『ダストバニー・イン・マイ・ヘッド(第二回)』著者:へっけ※前回の『ダストバニー・イン・マイ・ヘッド(第一回)』はこちら 現在、このクソ治安の悪い町田市は、市政始まって以来の惨事に見舞われている。はっきり言って一九六四年に四名の死者と三十二名の怪我人を出した町田米軍機墜落事故を上回ると俺は思っている。まあその時、俺は生まれていないからその事故のことはよく知らないのだけれど。 さて現在の惨事とは何かと言うと、町田市少女七人連続殺人事件。 通称「穴師事件」だ。 何故こんな通称が付いたかと言うとそのあまりに猟奇的な殺害方法に理由がある。 三ヶ月前に初めて殺害された女子高生の荒木舞は、玉川学園前駅近くの公園で死体となって通行人に発見された。 その死体は上半身と下半身が切断されていて、下半身は公園中央に突如としてできた...
2020.11.24 13:31『ダストバニー・イン・マイ・ヘッド(第一回)』著者:へっけ※前回の『ダストバニー・イン・マイ・ヘッド(序章)』はこちら「風が嫌いなんだ」 俺は思う。 生まれてこのかた十五年、風を好きになることなんて一度もなかった。 小学校の入学式の帰りに吹かれた春風、初めて見に行った隅田川の花火大会で吹かれた夏風、三好家菩提寺の境内で焼き芋を食べながら吹かれた秋風、去年のクリスマスで神田鈴に振られた直後に吹かれた冬風。 俺は風に吹かれる度に愚痴をこぼしてママを困らせる。 ママは苦虫を噛み潰したような顔でこう答える。「前にも言ったけど葉(よう)は気にしすぎだって。頭が気になっちゃうから風が嫌なんでしょ? ママはその頭、悪くないと思う」 適当に受け流そうとしているけれど俺はもう高校生だからそんな子供騙しには乗らない。「ママは慰...
2020.09.18 13:56『ダストバニー・イン・マイ・ヘッド(序章)』著者:へっけ 【序章】 俺は、八歳の時に初めてジブリ映画を観て「正直言ってあんまり面白くはないな」なんて呟いた。 初めて見た作品というのは、一九八八年に公開された「となりのトトロ」。 サツキとメイの姉妹が、お母さんの病気療養のためにお父さんと一緒に緑豊かな田舎に引っ越すところから物語は始まる。 新しい家には、小さなお化けが住んでいて、これじゃまるで「お化け屋敷」だと新生活に不安を感じるサツキとメイ。 森の奥には、巨大なお化け?生き物?の「トトロ」も住んでいて、八歳の俺は「何この生き物!何処の森に住んでるんだろう!飼いたい!!」とママに言って困らせてしまう。あの時はごめんねママ。 ストーリーの大筋は特に不満を感じることはなかったのだけれど、サツキとメイの家に住む毛...
2020.07.25 00:38『空へ』執筆者:へっけ ① 君が家の何処かで咳き込んでいて、その音は僕の部屋まで響いてくる。 僕は部屋から顔を出して廊下を覗いてみると、キッチンの手前あたりで床に寝そべった君を見つける。とても苦しそうで痛々しい。 「苦しそうな」と言うのは僕の主観でしかなくて、君は表情を少しも歪ませていない。 君の咳き込む姿が見ていられなくて、僕が苦しんでいるのかもしれない。 見ていることしかできない僕は、君が死んでしまうんじゃないかと心配になる。 僕にできること、と言うよりしなければいけないことは君を一刻も早く医者に診せることだ。心配している場合ではないのだ。 君を籠に入れると、かぼそい声でしばらく鳴き続けていて、僕はとても酷いことをしている気がして、通院をやめるか悩む。 いや、あれだけ...
2020.06.16 09:25『三景 第三景「町田(後編)」』著者:へっけ※前回の『三景 第三景「町田(中編)」』はこちら第五節「言葉にならない、笑顔」(1) 深い呼吸、体重の減少。嶺は、少しずつ衰弱してきている。昨日よりも今日、今日よりも明日と日を重ねるごとに、その瞳の潤いが失なわれていく。食後の嘔吐が頻回に見られて、満足に栄養を摂取できていない。でも目が合うと、残り僅かな気力を振り絞って僕を睨めつけるのだ。夏子を部外者たる僕から守ろうとしているのか。でも僕は別に、夏子に危害を加えようなんて思ったこともないし、むしろ彼女の助けになろうと考えながら生きている。僕が考えている最善の案は、嶺にとっては受け入れ難いものだろう。冗談じゃないと思うだろう。しかし、仕方ないではないか。僕と夏子の時間、空間の中には、他に何も存在しない方が...
2020.05.13 03:15『噛みついたら離さない』著者:へっけ カツシ君が私の涙を拭おうとしたから、私はその手を振り払って噛みついてやる。「痛って!マユちゃん痛いって」 私の方が本当は痛かった。カツシ君の大きな掌に噛みつくとき、そのごつごつとした骨が唇に当たって切れていたのだ。血の味がした。痛みで涙目になっていたけれど、私は一度噛みついたら絶対に離さないと決めていた。なぜなら「顔は好みじゃないけど、身体つきは好みだから」と言って告白してきやがった。最近、下校時に話すようになって気になっていたのに、いま大嫌いになった。ヤリモクって本当に気持ち悪いと思う。死んだ方が良いと思う。男ってみんなこうなのかな?だとしたら私は男と恋愛なんてしない。ユウちゃんとかコナツちゃんと一緒に遊んでいたい。ふたりとも優しくておしゃれで自分...
2020.04.24 14:07【特別企画】リレー小説『読書会』この度、特別企画としてリレー小説を書きました。テーマは『読書会』。7名の参加者でリレーしました。※章の横は担当者の名前です。1(鋤名彦名) 私は今、ある高層マンションの下にいる。送られてきたDMに書かれた住所を入力したグーグルマップは確かにここを指している。あの人はこのマンションの最上階にいるらしい。じっと最上階の方を見上げていると首が疲れてきた。私はまだにわかには信じられずにいる。もう一度DMに書かれた文面を見た。「・・・つきましては我が家で拙著の読書会を開きます。ぜひご参加頂きたい。」 それは一週間前の事だった。「バベル」の名前で読書感想を主に呟いている私のTwitterアカウント宛にDMが届いた。送り主は小説家「犬神和音」からだった。「突然のダイ...
2020.04.06 10:56『三景 第三景「町田(中編)」』著者:へっけ※前回の『三景 第三景「町田(前編)」』はこちら第三節「嶺(れい)」 1 初めて、夏子と古書店に出かけた日を境に、僕等は休みの日が重なると、いろんな場所へ赴くようになった。互いに緊張しながら、手を繋いだり、時には腕を組んだりして。 新宿の紀伊国屋書店、谷中銀座のアップルパイ、下北沢のライブハウス、町田のリス園。会う度に、夏子への思いは強くなっていく。最初は、言葉で思いを表現することが少なかった夏子も、日常で起きる「美味しい」とか「悲しい」とかの些細な感情を言葉にしてくれるようになった。 引きこもり生活を送っていた頃には想像もしていなかった、ひとりの女の子を中心に捉える僕の生活。中々なれない施設でのフルタイム勤務。労働で得た給料は、全て夏子との交...
2020.03.19 11:59『三景 第三景「町田(前編)」』著者:へっけ※前回の『三景 第二景「流通センター」』はこちら 第三景『町田(前編)』 第一節「夏子」 5年前の夏は、例年よりも気温が異常に高く、雨が一度も降らなかった。ニュース番組は、連日のように熱中症で緊急搬送される患者が続出していることを報じていた。そして何故か、蝉の数が多かった気がする。あまりの暑さで正気を失ったのか、蝉の狂ったような鳴き声は、季節が変わってもしばらく止むことはなかった。 当時の僕は、何事にもやる気が湧かない精神状態で、アルバイトを点々とする不安定な生活を送っていた。幸いなことに実家暮らしであったため、寝食に困ることはなかったが、何となく憂鬱な気分が上向くことはなく、幼少期の頃から自覚していた鬱屈とした人間性をより悪い方へこじらせてしま...
2020.01.25 05:05『三景 第二景「流通センター」』著者:へっけ※前回の『三景 第一景「池袋」』はこちら 第二景『流通センター』 東京モノレール。都心の浜松町から羽田空港を結ぶ、モノレール路線。赤と青色でデザインされた車両は、高架化された線路上を、ビルの谷間を縫い、運河を下に眺めながら進んでいく。 僕は、車窓から見える海上の景色を、ぼんやりとした眼で見流していたが、突然車両が強く揺れて転びそうになった。 最初に書いた通り、ビルの谷間を縫うように進む区間があるため、線路にカーブした部分が多く車両の揺れも多いのだ。 控えめなジェットコースターとも言える、ちょっとしたスリルを味わいながらも隣で文庫本を読んでいる、クールな男は表情を変えない。「この揺れの中、よく活字を追うことができるね。見てるこっちが酔いそうだ」「通勤で鍛...