2020.05.27 13:02『玉しゃぶりやがれ(1)』著者:片側交互通行1「うるせぇよ。玉しゃぶりやがれってんだ」 と言いたいのを堪えて頭を下げる。 というのは嘘だ。客に頭を下げたのは本当だ。言いたいことを堪えたという部分は、頭を下げ終わり、客が去ってキッチンに戻ってきたときにセリフと一緒に頭の中から沸いてきた妄想だ。「加藤さん、今の客なんでした」 臼井さんは折りたたみ椅子に座って携帯ゲーム機から顔を上げて尋ねてきた。「漫画の巻が抜けていたのを怒られましたわ。ホンマゴミみたいな客ばっかりですわ」「何の漫画ですか」 少年誌の作品名を上げた。「あ、その漫画俺も読もうと思ったんですけど、やっぱり抜けてますよね。十三巻でしょ。客がパクっていったんでしょうね。ホンマ腹たったんで冷蔵庫殴りましたわ」「よく盗まれますよね」「買うより盗ん...
2020.05.16 08:45『ヘイズ』著者:鋤名彦名 吐き出されたタバコの煙が視界を覆う。それは突如下ろされた紗幕のように僕と彼女を遮る。煙の粒子が躍りながら上へと昇っていく。霞んでいた彼女の姿が実像を取り戻し、再び僕の目の前に現れる。黒目がちな彼女の瞳。小さな額の上で真ん中から分けられたやや茶色味がかった長い髪は緩やかにウェーブがかかっていて、右耳は髪を引っ掛けていて露出している。照明できらりと光る右耳は、耳殻の縁に沿って規則的に並んでいるピアスでまるで前衛アートのように見える。じっと見つめる僕に彼女は「ん?」と言った感じで首を傾げタバコを吸い煙を吐く。また下ろされた紗幕の向こうに彼女がいるということを確かめたくて、僕は彼女を抱き寄せる。彼女の華奢な身体にはさっきのセックスの熱がまだ残っていて、肌は薄...
2020.05.13 03:15『噛みついたら離さない』著者:へっけ カツシ君が私の涙を拭おうとしたから、私はその手を振り払って噛みついてやる。「痛って!マユちゃん痛いって」 私の方が本当は痛かった。カツシ君の大きな掌に噛みつくとき、そのごつごつとした骨が唇に当たって切れていたのだ。血の味がした。痛みで涙目になっていたけれど、私は一度噛みついたら絶対に離さないと決めていた。なぜなら「顔は好みじゃないけど、身体つきは好みだから」と言って告白してきやがった。最近、下校時に話すようになって気になっていたのに、いま大嫌いになった。ヤリモクって本当に気持ち悪いと思う。死んだ方が良いと思う。男ってみんなこうなのかな?だとしたら私は男と恋愛なんてしない。ユウちゃんとかコナツちゃんと一緒に遊んでいたい。ふたりとも優しくておしゃれで自分...