2019.01.29 11:37『パシリは、観ていた(2)』著者:空川億里 * 神田署に設置された捜査本部に戻った左近は、聞きこみの結果を鯨井警部に報告した。「お前の情報、裏が取れたぞ。蕨駅の防犯カメラに、黒ずくめのサングラスの男が、十時五十分に改札を切符で通るのが映ってた。JRの職員から画像をメールで送ってもらった」鯨井は、自分でパソコンに動画を表示した。確かに晴人と思われるサングラスの男が、黒い手袋をはめた手で切符を改札に入れ通るところだ。時刻表示は警部の説明通り十時五十分だった。「秋葉原駅の動画も、もらった」警部は蕨駅の動画を閉じると、JR秋葉原駅の改札を映した動画を表示した。やはり黒ずくめの人物が、黒い手袋をはめた手でつかんだ切符を自動改札に入れ、電気街口を出たところであった。時刻表...
2019.01.29 11:37『パシリは、観ていた』著者:空川億里 葦名和男は、スマホを見た。十二月三日土曜の午後六時半。ちょうど今京浜東北線蕨駅前のスーパーで、ビールやつまみを買ったところだ。店でもらった、商品の入った白い袋をさげながら、そこから歩いて、葦名より二歳年上の壺屋晴人の自宅に向かった。 晴人は時間にうるさく、少しでも遅刻すれば殴られるので、足早に先を急ぐ。十分後壺屋邸が見えてきた。二階建てプラス地下一階の大きな家だ。ここに晴人はたった一人で住んでいる。 最近まで晴人は女と同棲していたが、現在は解消していた。晴人に特別な用がない限り、毎週土曜夜七時から、葦名はここで飲んでいた。晴人が女と別れる前は、彼女も入れて飲んだ時もある。 葦名と晴人は同じ大学の同じサークルで知りあい、社会人になってからもつきあいが続...
2019.01.14 11:43『カラス』著者:空川億里(そらかわ おくり) とても蒸し暑くてよく晴れた、真夏のある朝。ゴミ出しを頼んだ幼い娘が、いつのまにか、わたしのいるキッチンに戻ってきていた。娘はべそをかいており、潤んだ目で、わたしの顔を見つめている。「黒いのがカアカア鳴いてて、ゴミが出せない……」(また、あいつらね……) わたしは最近生ゴミを捨てる日に、ゴミ置き場に群がってくる汚らしい『奴ら』を思い浮かべながら、ため息をついた。娘は一度ゴミ置き場まで運んでいった生ゴミの入った袋を、そのまま再び持ってきていた。 あいつらは目もいいし、他の動物と比べて知能も発達している。法律が変わって、今は黒いゴミ袋ではなく、中が見える透明なゴミ袋じゃないと外には出せない。それであいつらは外から見える生ゴミを狙ってくるのだろう。「気にしな...
2019.01.14 08:27『孕む』著者:鋤名彦名 怖い夢を見た。それは私が彼以外の、しかも見知らぬ男に身体を許し、その男の子供を孕む夢だった。 私は彼を愛している。今こうして私の横で額にうっすらと汗を掻きながら微かな寝息を立てている彼の、その寝顔に私はとても愛おしさを感じる。普段の精悍な顔付きからはかけ離れた、まるで彼が男として生きる為の見栄やプライドみたいなものを全て脱ぎ捨てたような無垢な寝顔。どんなに狂暴な肉食動物でも鋭い牙を仕舞い、眠りに就いた時の顔は可愛く思えるような、そんな寝顔だ。私は目を潤ませながら彼の寝顔をじっと見つめた。その視線を感じたのか彼の瞼がゆっくりと開き、少し視線が宙をさまよった後、淡く照明に照らされた私の顔を捉えた。「どうしたの?」 彼の声は弱々しく、まだ起きていない声帯を...
2019.01.14 05:47彩ふ文芸部について大阪、東京、名古屋など全国各所で行われている「彩ふ読書会」。「彩ふ」と書いて「いろう」と読みます。その東京会場で知り合った読書好きによって立ち上げた文芸部です。現在メンバーは8名です。創作、二次創作、書評、読書エッセイ・コラムなどメンバーそれぞれに書きたい事を更新していきます。